マスコミ照魔鏡

半島がらみの不祥事が語られないフジ「知りたがり!」のポスト菅

たまに休みの日にTVを見ていると妙な番組というものにぶつかる。
それは、フジテレビの平日午前中9時55分からやっている「知りたがり!」という情報番組。Webサイトを見るとあの似非韓流ブーム批判に対して、フジテレビ擁護を繰り返していたロンブーの「田村淳」が中心レギュラーであった。
こういうのを見透かされると「田村淳」というのは、所詮お仕事を干されないように自分を守った単なるバカだと言う事がよく分かる。
2011/08/16のメール投稿募集は=「ポスト菅レースの課題」について=と言うこと。」

番組では、「ポスト菅レース」について説明した。しかし、その論点は焦点をぼかして、いわゆる新聞やTVで報道されている上辺だけの情報に終始していた。
伊藤キャスターは、菅総理退陣に対して「いぜんは菅総理でもよかったのではないかという話しもありましたが」と言うような妙なこと言う始末。
実際は、番組で問題点として菅総理が「いつ辞める」ということを明言していないことであると言う。
それは、正しいことなのだがなぜ菅総理が「辞める」と言い出したのかという事に対して何も論じないのは実に妙なことである。
本来3月に外国人による違法献金問題で退陣する間際だったのを大震災で逃れ、その後「大連立」と読売新聞が叫び、家電芸人にも「大連立」を連呼させて煽ったものの所詮あだ花に終わり。今度は原発停止というポピュリズムに乗って安全と見られる最新の浜岡原発を停止。散々東日本大震災の復興の邪魔ばかりして来たのが菅総理であったはず。
それでも居座ったのは米国の言う事を聞いていれば、「米国が支持してくれる」ならば総理でいられるということだったらしい。
事実として聞こえてくるのが、鳩山前首相が退陣したのが米国の支持を得られなかったからと言われているし、新進党の細川元総理が退陣したのが米国からの批判だった。
そういうことからして菅総理が退陣表明したと言うのが米オバマ大統領との会談が難しいという話しからである。

米国としてもレイムダックになった菅首相と会談してみたところで意味は無いし、しかも北朝鮮との関わりが濃厚になったと言うことが国会で証明された。
会談しても、情報が北朝鮮や中国にそのまま筒抜けであれば会談をする意味が無い。
そういった背景から見れば、「ポスト菅」というのは外国勢力との繋がりのない人達でなければならない。
考えてみれば、竹島が韓国に「不法占拠」されてると言う表現は外務省の公式発表で書かれている。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/
竹島の領有権に関する我が国の一貫した立場
1.竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。

2.韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。

    ※韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を確立した以前に、韓国が  同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません。
(外務省)
と書かれているのに、「不法占拠」という言葉を拒否して発言すらしない、岡田幹事長、(元外務大臣)、元前原外相も「不法占拠」という言葉を拒否。
お笑いなのは、江田五月法務大臣。
竹島の「不法占拠」と言う言葉を拒否するも「不法‥」と言いそびれて「失礼」と韓国に誤る様子が国会答弁で披露された。

こんな日本人をないがしろにして外国人に気を遣う人物が国会議員である必要もなく、まして総理の器でもあるまい。
そして海江田万里経済産業相というのは、万里が中国好きから名付けられた人物で、日本より中国大好き人間。おまけに自身の退陣についてタイミングを誤り続け政治感覚がないことが明らか。
所詮辞めると言いながら大臣を続けていたかっただけと言うのが真相であろう。

それにしても、フジテレビでは日本国旗ですらまともに掲げられないテレビ局となって、韓国、北朝鮮絡みの不祥事というのはタブーなのかも知れない。

そうであれば、この「知りたがり!」で半島がらみの件が一切論じられないと言うのが良く分かる気がする。

イエロージャーナリズム・文化放送の痛い大竹まことの無知

毎日の昼過ぎ文化放送というイエロージャーナリズムの「大竹まこと ゴールデンラジオ!」と言う番組がある。
ここで繰り返される政治、政情批判というのは、いわゆるリベラルと言うより何を標榜して意見を言っているのか、実に不思議な番組なのである。
基本的には民主党擁護だったのだが、東日本大震災での不手際から擁護することも出来ないので、話題にしない。
それどころか以前のエントリー「文化放送・大竹まこと・菅総理の嘘隠しを鳩山の責にする大笑い・2011.6.3」に示されたとおり、菅総理に関しては全く触れないというのが通例になっている。
当然のことながら菅総理が絡めば、民主党の菅総理を下ろすことが出来ない不甲斐なさを言わなければならないのだが、民主党の民すら出で来ない。
そして出てくるのが政権を取っていない野党である自民党のことである。
野党である以上野党が何を言おうが現実問題として、事実上国政に関係ないところに現在は来ている。
それでも自民党の意見を採り上げなければならないところに、民主党の政策能力のなさと共に「市民政党」である欠点が算出している。
そうであるから批判ばかりしていて「何をどうするのか」「日本をどのように発展させ国民の暮らしを豊かにするのか」という観念がない。



今日の読売新聞第1面は「首相月内退陣しぼむ」である。
今政治が注目しているのは、政権にしがみつく菅総理の動向であり、菅総理が退陣すれば震災復興が加速度的に進むという公算である。
そして、6月退陣というのが民主党首脳のコンセンサスだったのは今までの報道通りだが、菅総理の居直りによって水泡に帰したと言うのが現実である。
ところが、この「大竹まこと ゴールデンラジオ!」の政治発言は今のところ「原発」と「大連立」という馬鹿の一つ覚えしかない。だから、いわゆる左翼と呼ばれる人達が同じ狢の菅政権を批判出来ないでいる有様を示している。
そして、朝日新聞の記事を持ち出して大連立を主張するも、菅総理が辞めればその必要もないという菅総理の居座りが障害になっていることを隠す。
それは、朝日新聞社説が原発のことばかりしか書かないのとよく似ている。
その筋書きによって、毎日冒頭から文化放送が提供した原発事故に関しての台本通り大竹まこと氏は話す。
しかし、大竹まこと氏はパソコンすらまともに使えない人物であるし、詳細な情報を収集するということもほとんどない。
それで、局アナが週刊誌のほか朝日、毎日新聞を中心にして不安を煽るようなことを言う。
その趣旨は、原発反対、原発廃止論に他ならないのだが、それでどのようにするのかとは一切ないというのは先に述べた左翼人士達、イエロージャーナリズムの典型例と言って良い。
ここで自民党の河野太郎前幹事長代理が「河野氏ら自民中堅・若手が『脱原発議連』」を作ったということを取り上げている。
河野太郎と言っても、所詮二世議員で親の七光りで国会議員なったような人物。昔「父親とは違う」と大見を切った人物である。
しかし、テロリストの支援者や赤旗や各種労働組合の旗が並ぶ原発廃止デモに賛同するような人物であるから、父親ソックリのリベラル人士であるというのは証明されてしまった。


「花うさぎさんのブログから借用」

この原発反対デモ報道は、朝日、毎日新聞しか詳細な記事はないとこの文化放送の番組では批判している。
その上、一般市民の自発的な「原発反対デモ」の様に偽装するというのは、テレビ朝日の「モーニングバード」でデモのアップ映像しか掲載しないのと同じであった。
その映像をよく見てみれば水色の左翼団体の旗が見えるのだが、誰も気づかなかったろう。
こんなことだから朝日、毎日新聞しか大きく扱わなかったのであるし、TV映像もかなり制約した画面を使っているのである。
こんなことすら分からない大竹まこと氏の知能レベル、無知というのも知れたものである。所詮台本なしでは何も出来ない役者というものである。

こんなことから分かる様に、河野太郎という代議士は簡単に言えば、原発から逃げたと言うことが正しい。
なぜなら、政治家である以上現在ある原発と原発に関わる電力というものを切り離して考えるというのは現実的ではない。
そしてどうでも良いような「自民・石原幹事長、脱原発を『集団ヒステリー』」を批判する。

その一方で、倒錯したものの考え方である「村上春樹のカタルーニャ国際賞スピーチ・核に対するノー演説」をこの文化放送では、局アナが高く評価して再度紹介している。

しかし、村上春樹氏は「非現実的な夢想家として」述べているのであって、現実を直視しているのでない。

それどころか======
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。
=======

と言うふうに、原爆を落とされたのは「日本は加害者だから」仕方がないとも言っているのである。
その前段では
「ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。」

このように言って「死者のほとんどが非武装の一般市民でした。その是非を問うことはしません。」というのは何という無慈悲なのだろうかと思わないのだろうか。
「非武装の一般市民」を虐殺することは国際法違反であり、今でも批判されることである。
ベトナム戦争でも「ソンミ事件」などがあって、糾弾されている。

そして続くのが

僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。
この文章の内で
「人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。」とは他人事の様に、どこかの国の話のように言っている。

その後、「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」に続くと思えば、村上春樹氏は原爆による被害とその後の原爆症の障害は日本の国ではなくどこかの国での話のように聞こえる。

要するに前回述べたように、村上春樹氏は日本人として述べてるのではなく、神の目線もしくは二次大戦の戦勝国の立場において述べていると言うことが分かる。

村上春樹氏は本当に日本を愛する日本人なのか、愛国者なのかと言うことが見えてくる一文であろう。

東北関東大震災で分かるリベラルの非情さ連帯感のなさ

東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)から10日ばかり過ぎるといろいろなことが分かってくる。それは、発生当時の極限状態より幾分落ち着きを取り戻してくる感じがある。そして、もう一つ分かってくるというのはこういう危機的状況などのピンチになって、その人物の本当の姿をさらけ出してしまうということである。
それがピンチになって、今まで昼行灯(ひるあんどん)の何の役にも立たない人物だったのが、突然有能な姿を現すのならこれは歓迎すべき事である。しかし、そういう昼行灯の大石内蔵助のような人物というのは、極めて少ない。
大きな顔して言えたものでは無いが、往々にして才気走っている顔をしている人物ほど危機に対して何も出来なかったり、自己保身に走るような人物が多い。
そのうちの特にリベラルと呼ばれる人達というのは、ピンチに遭ったらみんなで助け合うとか、という連帯意識を示す人などは皆無なのではと思わせるところがある。
そして、そういうリベラルな人達の無責任、責任回避に走る行動と言うのが元々そういう人達の信条から発するのではないかと思われてならない。

2011/03/22の新聞記事には週刊誌「AERA」(19日発売)のどう考えても無責任な不安を煽るような表紙の問題が掲載された。「放射能がくる」
記事では、「不謹慎」アエラが謝罪。と言うことになっているが、Webサイトではそんなことは知らぬふりを決め込んでいる。
twitterで
「AERA今週号の表紙及び広告などに対して、ご批判、ご意見をいただいています。編集部に恐怖心を煽る意図はなく、福島第一原発の事故の深刻さを伝える意図で写真や見出しを掲載しましたが、ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます。」
「編集部では今回いただいたご意見を真摯に受け止め、今後とも、様々な角度から全力を挙げて震災報道を続けていく所存です。最後になりましたが、被災者、関係者のみなさまには心よりお見舞い申し上げます。」

こんな事が書かれているが、書かれている項目を見れば分かるとおり謝罪文書は単なる言い訳である。それどころか罹災を乗り越える「国民に対する連帯感」や「頑張ってゆこう」という気持ちは少しも表れていない。
正に、冷たい文書である
その昔、こういう事が起きて廃刊にしてしまった週刊誌だか月刊誌もあったが、ある程度の自主回収をするとかの誠意は見せるべきだろう。
そういうことは、実際絶対にしないと言うのが、こういうリベラルな人達の常套手段である。
 この週刊誌「AERA」の異常さというのは「表紙に批判『原発恐怖心を煽る』アエラ編集長がサイトでお詫び」というj-castニュースで
「ちなみに、ネガティブな『アエラ』に対し、週刊ポストの3月21日発売号がポジティブな内容だと、ネット上で話題になっている。」と書かれているとおり、東北関東大震災を国民のみんなで乗り切ろうという機運など微塵もない。
リベラルの非情さ、国民の連帯感を揶揄するしかない傍観者というのがよく分かるではないか。
ちなみにj-castニュースが報じているとおり「反捕鯨活動団体シー・シェパード代表のポール・ワトソン船長」というのは、「津波は天罰」と日本人をあざ笑っているという。

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