東北関東大震災で分かるリベラルの非情さ連帯感のなさ

東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)から10日ばかり過ぎるといろいろなことが分かってくる。それは、発生当時の極限状態より幾分落ち着きを取り戻してくる感じがある。そして、もう一つ分かってくるというのはこういう危機的状況などのピンチになって、その人物の本当の姿をさらけ出してしまうということである。
それがピンチになって、今まで昼行灯(ひるあんどん)の何の役にも立たない人物だったのが、突然有能な姿を現すのならこれは歓迎すべき事である。しかし、そういう昼行灯の大石内蔵助のような人物というのは、極めて少ない。
大きな顔して言えたものでは無いが、往々にして才気走っている顔をしている人物ほど危機に対して何も出来なかったり、自己保身に走るような人物が多い。
そのうちの特にリベラルと呼ばれる人達というのは、ピンチに遭ったらみんなで助け合うとか、という連帯意識を示す人などは皆無なのではと思わせるところがある。
そして、そういうリベラルな人達の無責任、責任回避に走る行動と言うのが元々そういう人達の信条から発するのではないかと思われてならない。

2011/03/22の新聞記事には週刊誌「AERA」(19日発売)のどう考えても無責任な不安を煽るような表紙の問題が掲載された。「放射能がくる」
記事では、「不謹慎」アエラが謝罪。と言うことになっているが、Webサイトではそんなことは知らぬふりを決め込んでいる。
twitterで
「AERA今週号の表紙及び広告などに対して、ご批判、ご意見をいただいています。編集部に恐怖心を煽る意図はなく、福島第一原発の事故の深刻さを伝える意図で写真や見出しを掲載しましたが、ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます。」
「編集部では今回いただいたご意見を真摯に受け止め、今後とも、様々な角度から全力を挙げて震災報道を続けていく所存です。最後になりましたが、被災者、関係者のみなさまには心よりお見舞い申し上げます。」

こんな事が書かれているが、書かれている項目を見れば分かるとおり謝罪文書は単なる言い訳である。それどころか罹災を乗り越える「国民に対する連帯感」や「頑張ってゆこう」という気持ちは少しも表れていない。
正に、冷たい文書である
その昔、こういう事が起きて廃刊にしてしまった週刊誌だか月刊誌もあったが、ある程度の自主回収をするとかの誠意は見せるべきだろう。
そういうことは、実際絶対にしないと言うのが、こういうリベラルな人達の常套手段である。
 この週刊誌「AERA」の異常さというのは「表紙に批判『原発恐怖心を煽る』アエラ編集長がサイトでお詫び」というj-castニュースで
「ちなみに、ネガティブな『アエラ』に対し、週刊ポストの3月21日発売号がポジティブな内容だと、ネット上で話題になっている。」と書かれているとおり、東北関東大震災を国民のみんなで乗り切ろうという機運など微塵もない。
リベラルの非情さ、国民の連帯感を揶揄するしかない傍観者というのがよく分かるではないか。
ちなみにj-castニュースが報じているとおり「反捕鯨活動団体シー・シェパード代表のポール・ワトソン船長」というのは、「津波は天罰」と日本人をあざ笑っているという。