左翼バネが露出した終戦記念日・東京裁判史観の読売社説


今年のお盆は土日になったからいろいろと面倒な事になった。お盆の帰省ラッシュも高速道路は1,000円だから何時もの大渋滞でも驚くどころか当然であると言える。
それにしても、今年の靖国参拝の国会議員は多かった。一方、菅政権の閣僚は示し合わせて靖国神社への参拝を見送ったと読売新聞には書かれている。
「超党派の『みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会』(会長・尾辻参院副議長)は、メンバーの41人が参拝した。政党別では、自民党26人(会派離脱中の尾辻氏と衛藤衆院副議長を含む)、民主党11人、たちあがれ日本2人、みんなの党と国民新党が各1人。自民党からは、谷垣総裁や大島幹事長、安倍元首相らも、同会とは別に参拝した。」(読売新聞Web)
昨年は麻生総理は靖国参拝をしなかったのだが、報道によれば今年もしなかったようで、やはり首相にするべき人物でなかった様な気がする。
そんな読売新聞がどんな社説を書いているのかというと非常に妙なものだった。
「終戦の日 平和な未来を築く思い新たに(8月15日付・読売社説)」
それは、全体の三分の二は終戦時のあまり左翼が言おうとしない事実を羅列して、朝日新聞社説のようなどうでも良い社説なのかと思ったら、一転して読売らしからぬ論調になった。
それは、朝日新聞が社説でよく使う手法で事実ごもっともと言うことを書きながら、実際は反対な事を主張する。
その部分はここからで
一方で、日本も過去の誤りを率直に認め反省しなければ国際社会からの信頼は得られない。
 日本は世界の情勢を見誤り、国際社会からの孤立を深めていく中で無謀な戦争を始めた。中国はじめ東アジアの人々にも多大の惨害をもたらした。」

と言うように、一転して日本の自虐史観を振り回すようになる。
先ずその反省をすると言って、70年近く前の何を反省するのかである。その70年前など今の日本国民のほとんどは生まれてもいない。
そして、その「反省すれば」、「国際社会からの信頼は得られる」と言うのであろうか。
又、その国際社会とはどこの国を指しているのか。何故なら今の日本は世界中から信頼される国として評価されている事が何回も報道されている。
多分、読売社説氏が示す「国際社会」とは例の特定アジアという「中国、韓国、北朝鮮」と解釈するしかあるまい。
そう言う観点からすると、次の「日本は世界の情勢を見誤り、‥‥」も単純にしすぎる。
同じように単純なのが「中国はじめ東アジアの人々にも多大の惨害」であって、これも一方的な東京裁判史観の断罪であろう。
‥‥と次に読売社説氏の本性が出る。


「読売新聞では戦後60年を機に、昭和戦争の戦争責任の検証を行った。その結果、東条英機元首相ら極東国際軍事裁判(東京裁判)の『A級戦犯』の多くが、昭和戦争の責任者と重なった。」
「昭和戦争」とは、読売新聞が作った造語である。なぜ正式名称として現在でも政府が認めている「大東亜戦争」と書かないのだろうか。その上「昭和戦争の戦争責任の検証を行った。」のなら米英と戦争状態に突入したのが海軍の真珠湾攻撃であった事を忘れいてないか。東条首相は陸軍大臣と参謀総長を兼任しても海軍の暴走は押さえられなかったと言っているのである。
兎に角、そんなことは問答無用なのが、「東京裁判史観」になる物言いということになる。
そう言うように、筋書き以外の異論を排除すると言うのが「東京裁判」であって、そのままに異論を排除するのが「東京裁判史観」である。
そして次に国民の反対にあって沙汰闇になったものを持ち出す。
今年は民主党政権になって初めての『終戦の日』でもある。菅内閣の閣僚全員が、靖国神社への参拝はしないという。
 菅首相は、靖国神社に『A級戦犯』が合祀(ごうし)されているため、『首相在任中に参拝するつもりはない』と語っている。
 民主党は昨年の政策集で、新たな国立追悼施設の設置に取り組む考えを表明していた。誰もが、わだかまりなく戦没者を追悼できる恒久的施設の建立に向けて、本格的な議論を進めていくべきだ。」
「国立追悼施設の設置」この件に対して、既に菅首相は検討しない事になっているから、多分この社説は大分前の書かれたものであろう。
そして、国民も賛成しないし「わだかまりなく戦没者を追悼できる恒久的施設の建立」など笑止という多くの論文も出でいることだから、なぜこんな事を持ち出すのか不思議なものなのである。
多分、そういう事情を考慮しない又は無視する。これは大新聞としては欠陥だ。
そして最後に結ぶ結論なのだが、「平和」、「世界平和」という言葉が安易に用いられている。
「今年も東京・九段の日本武道館で、政府主催の全国戦没者追悼式が行われる。歳月は流れたが、戦争の記憶は日本人の胸に深く刻まれ、語り継がれている。
 『終戦の日』は、過去の歴史を踏まえつつ、国際協調の下、世界平和のため積極的に行動する決意を新たにする日にしたい。
 そのことが先の大戦で亡くなった人々の遺志を生かすことにもなるはずである。
(2010年8月15日01時10分  読売新聞)」


ここでなぜ「平和」と言う言葉を正確に定義しなければならないのかと言うと「2009年12月10日、米国オバマ大統領ノーベル平和賞の受賞の際の演説」(日本の「8月の平和論」に欠けているもの2010.08.13(Fri)古森 義久)によって、「平和」とは厳密に規定されてしまったのである。
ここで引用すれば
「平和が単に戦争のない状態を指すならば、『奴隷の平和』もある。国民が外国の支配者の隷属の下にある、あるいは自国でも絶対専制の独裁者の弾圧の下にある。でも、平和ではある。
 もしくは『自由なき平和』もあり得る。戦争はないが、国民は自由を与えられていない。国家としての自由もない。『腐敗の平和』ならば、統治の側が徹底して腐敗しているが、平和は保たれている。」


読売新聞の社説を見ると如何に古い自虐史観、東京裁判史観に凝り固まって、現在の日本を見ないという有様とである。
 「先の大戦で亡くなった人々の遺志」は、靖国神社を否定する読売社説とは多分相容れないだろう。妙な馬脚や矛盾を現す社説なのである。


多分、今から30年、40年前以上前に書いた社説をそのまま丸写しにしているのではないかという印象すらある。
但し、40年以上前の読売新聞は、巨人が勝つと一面トップだったスポーツ新聞だったかも知れない。


オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説全文(朝日新聞)

(以下、平和の部分の抜粋)
そこで私は二つ目の点、我々が求める平和の本質について語りたい。なぜなら、平和は単に目に見える紛争がないということではない。すべての個人の持つ尊厳と生来の権利に基づく公正な平和だけが、本当に持続することができるのだ。

 この知見こそが、第2次世界大戦後に世界人権宣言の起草者たちを後押しした。荒廃の中にあって、人権が保護されないのなら平和はうわべだけの約束にすぎないと、彼らは悟ったのだ。


 それなのにあまりにも頻繁に、これらの言葉は無視されている。一部の国では、人権はいわば西洋の原則であって固有の文化や自国の発展段階の中では異質のものである、という間違った主張をもとに人権を維持しない口実にしている。そして米国では、自らを現実主義者と称する人々と、理想主義者と称する人々との間の緊張が長く続いてきた。その緊張が示すのは、狭い国益を追求するべきか、世界中で我々の価値を押しつける終わりのない運動をするべきなのか、という厳しい選択だ。



中国語を使いたがる書道界、意味不明な言葉の奇々怪々


書道界に足を踏み入れるといろいろ不思議なことばかりが多い。
その不思議の最大のものが読めない文字、意味の分からない文字ではないか。
2010/08/13日の読売新聞朝刊の見開きには「読売書法展」という文字か踊っていた。
ここで「書法展」の書法とは何なのだろうか。
「書法」をWikipediaで探してみると「書法(しょほう)とは、文字を書く方法である。その三大要素として、筆法・間架結構法・布置章法がある。」とある。
一方、「書道」のWikipediaには「中国では書法(Sh?f? しょほう)と呼ばれ、初等教育で指導される」要するに、中国語であると言うことだ。
しかし、よく見れば分かることのように中国での「書法」は、どちらかと言えば日本の「書写」に相当する。
‥‥と言うことで、日本語訳すると「読売書法展」は「読売書写展」というあまりパットしない書道展になる。
元々読売書道展というものを改組して「読売書法展」と言う形になったと言うのはその歴史に書かれていることであるが、中国語を使うというのは妙な話なのである。
何故なら、中国の書と日本の書道とは似て非なるものである。
端的に言えば、中国の「教養の書」と日本の「芸術としての書」の違いである。
しかし、その「芸術としての書」というのは日本の教育界ではあまり認められていない様なのである。
分かりやすく言えば、高校の芸術科(学科)に「書道」が含まれていないし、美術学校に書道科があるわけでもない。書道科は教育学部だったりすることがあるから所詮「教養」と言う事になる。
その教養の書であるならば、「一字書」や「少字数」などは「勉強が足りない」と言う事になる。事実、中国では書は「文字数か多ければ多いほどよい、よく勉強をしている」という事なのでそうな。
そして、単なる書家の文字より、肩書きがある偉い人の文字の方が価値があるという。何故ならそれは教養であるからである。
日本の国会議員、特に国務大臣の種々の署名が報道されることがある。それが、まともに書けている戦中後生まれの国会議員は1人としていない。
戦前生まれの大勲位の中曽根元首相などは、はずかしくない程度にそこそこ書けるというのはやはり戦前教育の賜なのだろう。
その他に、驚くのは書家がどこか海外に行くときに、○○団長次に「秘書長」と言う言葉を使う事である。これは読めるが意味が分からない。
それは、秘書長というのが日本語ではないからである。
中国は今では「簡体字」を使って従来からの文字を読めないようにしているが、元々日本と同じ文字を使う。
しかし、同じ文字を使うから同じ意味ではないのはよく知られたこと。
なぜそうなったかと言うことを、以前中国の漢字の変遷の講義を聴いたとき分かったことがある。
それは、日本に漢字が伝わったときの意味は日本では変わらないものの、中国自体では時代と伴に変遷しているという事らしかった。
それで「秘書長」とは何か調べてみたらこんな風に書いてあった。
【秘書長】/Mishuzhang
「織や団体の実務面の最高責任者。会長(huizhang)や主席(zhuxi)といったトップを補佐し、組織の円滑な運営を図ることが任務。ただし、組織により地位や権限は異なる。日本の組織の『事務局長』とほぼ同じ。
ちなみに国際連合の事務総長も、中国では「聯合国秘書長」と訳されている。」


しかし、感じといて「事務局長」という訳より上位の位置なのではないかと思う。
いずれにせよ、「秘書長」は中国語で日本語にも正確には訳せないものだった。
そして、日本人なら意味不明の中国語を使わずに日本語を使えと考えたくなる。
なぜなら、この秘書長と言う言葉を中国に行くときだけ使うのではなく、英語圏などへ行く時でも使うのである。
これってどういう事??と誰だって思う。
日本の書道界は、既に中国の冊封国扱いなのかと思われる一幕である。
中国大使館の芸術関係の参事官などが書道界のレセプションに現れる。
これは何かのとか思うものの、どう考えても書道界は中国の世話になっているようでもない。
巨大展覧会は出品者の出品料で成り立っていて、中国から協賛金をもらうような援助金が出るわけでもない。
それどころが、毎年(社)全日本書道連盟は、中国に寄付をしているのである。
今や中国がお金で困っているなどと言う話は聞かないではないか。
それでその寄付金の使い道が何であるのかというのは、あまり明らかになっていない。なぜなら金満家の中国から見れば端金であるからだ。


時代は年々変わっている。
読売書法展の様に、「本格の輝き」と自称するというものの、師匠と寸分違わずに書かないと入賞などおぼつかない書展では、時間が止まっていると思わざる終えないものであった。





イトーヨーカドー前橋店 お盆閉店にして思う



イトーヨーカドー前橋店は、このお盆16日で閉店する。
阪神大震災の後だったか前橋からはダイエーが撤退、そして同じ系列のハーフアンドトップが撤退。その後西友が鞍替えした西武デパートが撤退し、今度はイトーヨーカドー前橋店。10月には前橋サティが撤退する。
前橋には、都市型スーパーはなくなり、都市型のデパートと言われるのはスズランだけになった。Dsc00269



前橋から撤退するスーパー企業は、いずれ衰退するというのは妙なジンクスで、逆に前橋より広域で言うと北関東から出た企業は発展する。
考えてみれば、ヤマダ電機は前橋、ビックカメラは高崎、ベイシア・グループは伊勢崎と安売で全国展開した企業が多い。
東京、千葉などの首都圏で有名な「マツキヨ」とか「ドンキホーテ」など、北関東へ来たら値段の高い部類の店になるという具合。だから企業としては厳しいが、そこで鍛えられればどこへ行ってもそれほど困難でもないと言うところだろう。
ダイエーの撤退は、元々の本体のビジネスモデルが崩れた理由だが、西友の撤退は市場を甘く見た結果だった。
元々前橋に進出したのは西友だった。その(前橋)西友だったころは、かなり調子が良くて繁盛した。それで気をよくして西武に衣替えして値段を上げた途端、閑古鳥と言うのが西武だった。
前橋サティは、やはり元々のニチイが潰れたのが大きくそれから商品が減り、商品の回転が悪くなり、イオンに比べて値段が高くなって自滅?
イトーヨーカドー前橋店はどうだったのだろうか。
イトーヨーカドー前橋店が出来たときと言うより、出来る前には色々妙なことがあった。
それは、前橋の中心商店街の店主が異常なほど大反対したことである。
反対であると前橋商工会議所の玄関にピケを張った。分かりやすく言うと、立て看板を立て簡易テントを立てて立て籠もり反対したのである。
それで、イトーヨーカドー前橋店の出店は数年遅れたし、店舗面積も減らされて3階くらいまでしかなかった。それが4階まで増やされ5階に飲食店やカルチャーセンターに移ったのは中央商店街にあった前三百貨店が閉店した後だった気がする。
中央商店街がイトーヨーカドー前橋店の駅前進出に反対した理由というのが、駅から離れたところにある中央商店街のお客を駅前に取られると言うことだった。
今なら、そんな世迷い言など夢のような話だが、当時の中央商店街が繁栄していたかと言えば怪しいものだった。
しかし、あまりに強烈な反対はその後の企業の進出を鈍化させた弊害が大きかった。
そして、イトーヨーカドー前橋店の出店と共に商工会議所のピケを張った商店は一目散に店を売って逃げ去ったらしい。
中央商店街の地盤沈下は急速に進むが、その理由というのが商店主が郊外に自宅を造り、又は問屋になって問屋街に移ってたしまったことである。
後継者は店を継がず、貸店舗になった。いわゆるシャッター通りの始まりである。
その中央商店街のシャッター通り化が始まると共に、販売戦略に失敗した西友が撤退。
イトーヨーカドー前橋店は影響を受けなかったものの、食料品は元々割り高だか、あるとき衣料品を中心にして品物のランクを上げた。
それは、品物は多少良いが値段は2倍。丁度ユニクロの逆を行く手法であるこれで売れるはずがない。
決定的だったのは、ケヤキウォークが歩いて5分のところに出来た事だった。
このユニー系のアピタを中心にして出来たケヤキウォーク。
元々がアピタだから、全てイトーヨーカドー前橋店の一ランク下。
ベイシアに比べ相当食料品も高い。これでどうかと思ったら、2年も経つうちに食料品でイトーヨーカドーはケヤキウォークに負けた。これは売り場スペースの問題とは思うものの、あっと言う間に勝負か突いた。
イトーヨーカドー前橋店からは、パン屋、本屋、旅行代理店、テナントの撤退が続き今日を迎えることになる。Dsc00278



ダイエーの撤退直前には、食料品の賞味期限切れでもそのまま売っていたようなことがあったが、イトーヨーカドー前橋店はそんなことは無い。
しかし、商品がなくなるとお客が来なくなるという逆回転は止まりようがない。
そして、閉店セール。
もう随分前からやっているが、在庫処分だから新しいものは仕入れず倉庫にしまってあったようなものばかり。
今日はもう最終だからみんなワゴンセール。
それだってろくなものは無い。やはり西武の閉店セールの方がまともなものがあった。
別の言い方をすれば、ろくなものを売っていなかったわけだ。





Cyber-shot DSC-HX5Vで夜景を撮る

DSC-HX5Vを鞄に入れて、毎日何かしら撮影している。
背面の液晶に情報を表示させるようにすると、液晶が明るすぎて実際撮影したものより大分明るく見える。「標準」にすると丁度良い見え方だが、明るいところでは見えにくかったりいろいろ。
このHX5Vの特徴というのは、動画性能の他は暗部でも良く撮れると言うことである。

実際、多少暗いようなところでも肉眼より明るく撮れるから相当なものである。
そして、ほとんど真っ暗と言えるようなところでもそこそこ撮れてしまうのは驚きなのである。
‥‥というか、薄くらいところでも普通に撮れてしまうと言うのが今までのカメラとは一線を隔す。
今回、お盆休みの始まりと言うことで、ライトアップしている群馬県庁昭和庁舎、群馬会館に行って夜景を撮ってみた。
夜7時を廻ると結構暗くなって、肉眼では真っ暗という空もどこかに明るみが見えるのは手持ちでふいと止まってのデジカメ、今まであまり経験したことがないものである。

一枚目は、クリーンのカメラマークの「おまかせオート撮影」で‥‥
機種 : DSC-HX5V
露出時間 : 1/20秒
レンズF値 : F3.5
ISO感度 : 1600
露光補正量 : EV0.0
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止
レンズの焦点距離 : 4.25(mm)


「手持ち夜景」のモードで‥‥暗部が少し持ち上がっています。
機種 : DSC-HX5V
露出時間 : 1/8秒
レンズF値 : F3.5
ISO感度 : 640
露光補正量 : EV0.0
開放F値 : F3.5
自動露出測光モード : 分割測光
レンズの焦点距離 : 4.25(mm)


ISO感度 : 1000になっています。





ほとんど真っ暗ISO2500
LUMIX DMC-LX5-K [ブラック] の予約販売が始まりました。予約だとほとんど全て初回予約特典純正ケース付きの様です。
デジオン特価: 51,800円(税込)


icon
icon









ソニー Cyber-Shot DSC-HX5V デジオン特価 26,400円(税込 icon
icon icon
こちらのリコー CX3も価格コムの最安値とほぼ同じで、セットで23,000円
リコー CX3 + SDHCカード4GB(クラス6)セットデジオン特価23,000円(税込) icon icon
CCカードが使えて専門店であるのが安心というもの。




前代未聞・第15回高大展不正見つかる・大分高全作失格 2



この件は8月10日の読売、毎日新聞の記事に掲載されたことで表沙汰になったが、毎日系の「書の甲子園」・「国際高校生選抜書展」にも出品しているとのご報告を頂いた。
それで「国際高校生選抜書展」の昨年の図録を探してみたところ見つからなかったが、「第14回全日本高校・大学生書道展」の方は、(社)日本書芸院から新聞(?)が送られてきたので掲載してみる。Img917_2



それを見てみると、高校の部での団体賞は9年連続「大分高校」が受賞している。
それで出品点数はというと大分県が最多で1,266点。
今回問題になった第3部篆刻は、856点である。
それが今年の出品点数は、同校から2,487点、そのうち問題になったのが篆刻247点。
このことから見て、昨年の同校の出品点数は、大分県の数字と同数なのではないだろうか。
いずれにせよ、昨年の倍の出品点数というのは異常すぎるものである。
毎日新聞には



「日本書芸院によると、同展は出品作品数に応じて団体の点数が加算される。同高は前回、篆刻241点など計1230点を出品。今回は倍近い作品を出していた。過去の出品作品についても調査するという。」Img9182_2







と書いてあった。参考のためにいろいろ調べてみると私立大分高校(大分市明野高尾1丁目)というのは、映画「書道ガールズ」のモデル校だった。



書道パフォーマンス甲子園 大分高がV



Img918


Img9172






「日韓併合100年にあたっての首相談話」害をなす歴史的汚点

日韓併合100年にあたっての首相談話、「過去の植民地支配について『多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明する』と強調。(日経新聞)」
ここで少しは歴史を学校で学べば、普通に考えて「なにのお詫びをするのか」良く分からないと言うのではないだろうか。
歴史の真実として、もし朝鮮半島を日本が併合していなかったら今韓国という国は存在していないと言うことは、歴史的、地勢的に100%間違いない事である。
事実、韓国を含む朝鮮半島が独立国として存在したというのはほとんどない。存在したのは中国の冊封国である。
そして、李氏朝鮮の圧政というのは度が超していたというのは歴史的事実であるが、韓国ではそれを認めない「頑張った史観」だから話にならない。
簡単に言えば、日本統治時代は、「多大の損害と苦痛」を与えられて搾取されて苦難な道を歩んだわけだから、現在の韓国は李氏朝鮮の時代から一挙に飛んで現在の繁栄にあるという。
それ故、李氏朝鮮時代を華やかな文化に富んだ豊かな時代に作り直さないと歴史が持たない。
そう言う自分たちの歴史を捏造しないと歴史が成り立たないと言う人達と、まともに歴史問題では話にならない。
そんな朝鮮半島の歴史の真実を解き明かした本などは、今では幾らでも出でいて歴史書から、そしてなんと戦前の朝日新聞の記事から証明して見せたものまである。
そう言う歴史的な真実に対して、今の民主党政権の人達は何を偽装しようとしているか。
それは単に、韓国に迎合している例の「事なかれ主義」を通り越した日本国民に対する裏切りであろう。
そして、今の民主党政権が欲しがるのが「(韓国の)李明博大統領とも電話会談をする中で、『真心のこもった談話だ』と大変評価もいただいた。」という韓国のお褒めの言葉。
それでは、日本は韓国の冊封国??としか思えないではないか。
北野武氏は、前鳩山総理のことを「悪人になれなくて、ちっちゃな善人になろうとする」
と言っているが、この菅総理もその域を出でいない。
内弁慶で国民には厳しいことを言うくせに国民とは関係なしに、国益を考えず自身の信条としての「小さな善」として諸外国には譲歩する。
こういう人達というのは、国民のサーバントの政治家として国益を第一番とする自己と自己の信条、主義を天秤にかけるとき、自己の信条、欲情を優先するという人達。
はっきり言えば我が儘で自分勝手な人達が政治家になり、首相や大臣になっていると言うことである。
歴史の捏造というのは、いずれ国民の内に違和感が芽生え、決して良い結果を生むことはない。
意義について(以下Jcast NEWS)
「日韓併合100年という節目。逆に言えば、これまでの100年の中で、反省すべきところはきちんと反省する。そして、これからの100年にむかって、これから協力してともに歩んでいこう。そういう気持ちを込めて談話を作成した」
「今、世界の大きな激動期とも言える状況。アジアの経済は、大変な勢いで伸びているなかで、この地域のより安定した形が日韓を軸に、米国を加えて、日韓米の3か国で形成される。このことは、きわめて大きな意味がある」(Jcast NEWS)

何か歯切れの悪い弁明であるのは良く分かるところである。
通常の文章だと「反省すべきところはきちんと反省する。」の次に「評価すべきところは評価する。」と常識的には話す。
ここで評価するが抜けているところに異常な部分があり、以前自民党時代「評価すべき事があった」と真実を述べたら国務大臣が更迭されたからこれも異常。

ここでも、自民党の迫力が欠けている。
その件で2010/08/10の読売新聞夕刊の大勲位の中曽根康弘氏もこの「日韓併合100年首相談話」批判的な事は言わず同調している。
このことから見て、自民党が政権党であったなら同様な「日韓併合100年首相談話」を発表したかどうかは推定の域を出ないが、リベラル派が主導したら出したかも知れないと言うのが真相だろう。
民主党と自民党の大きな違いとは、中国韓国の冊封国となるべきと言うのが民主党であり、従来からの米国の保護国であるべきというのが自民党であるとすれば、どちらもクソ政党であると言うことは間違いない。
但し、聖徳太子でも排除した中国の冊封国を推進し、歴史上まともな独立国になったのが65年前という韓国の冊封国にもなろうというのはどう考えても国民は納得しまい。

1995年の「村山首相談話」を出した社会党は国民の信を失って消滅。
この「日韓併合100年にあたっての首相談話」を出した民主党もいずれ消滅する運命とは、あの二木啓孝氏が予測するだけだろうか。


<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=syuunassociat-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=419892483X" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=syuunassociat-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4198629900" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>


<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=syuunassociat-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4106103605" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>


朝鮮半島を救った日韓併合

朝鮮半島を救った日韓併合

価格:580円(税込、送料別)



朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実

朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実

価格:1,680円(税込、送料別)



前代未聞・第15回高大展不正見つかる・全作失格

読売新聞Webに「全日本書道展に不正出品、大分高を失格に」と言う記事があった。
記事の内容は、
「同校からは2487点の応募があり、今年7月の予備審査で、篆刻(てんこく)の部で同じ印章が複数の作品に使われていたことなどが判明したという。」
ことで詳細は分からない。
日本書芸院、読売新聞社主催の「第15回全日本高校・大学生書道展」というのは、要するに読売書法展の関係であって、毎日書道展の関係は通称「書の甲子園」・「国際高校生選抜書展」と言って今年で18回を数える。
関西で行われる毎日の高校生書道展に対抗して開催されているのが、この「全日本高校・大学生書道展」といういわば因縁付きの書道展であると言える。
ここで注意しておきたいのは、読売系が大学まで含めているのにたいして、毎日系は高校生対象。
18歳以上は共に本展の読売書法展、毎日書道展に出品可能となっている。
そこで高校生や大学生の書道展出品料はどうなっているのかというと、こういう学生展は共に無料。
一方、読売書法展は年齢関係なく14,000円。毎日書道展はU23と言う分野で出品できて5,000円。
毎日のU23だと一般公募とは別審査、別の賞になるのだが、規定を読む限り入賞は「入賞カウント」としてカウントされるようなのでかなり有利なものなのである。
こういう事を見ると、大学生が出品してもあまりメリットを見いだせない「全日本高校・大学生書道展」と言うことになる。
従い、大量作品を出品できる高校などがメインというものだろう。しかも多く出しても出品料は無料なのだから。
それで今度の不祥事。
そのまま読めば、篆刻の作品で同じ印章を複数の名前で出品したと言うことであろう。
しかし、高校生の臨書や篆刻と言うものは、臨書は一年間同じものを「反吐が出るくらい」書くという。
それで書道が嫌いになって、大学では書道など二度とやりたくないという学生が多いと言うからこういう書展というのは功罪が多い。
そして、その篆刻なら、見本の篆刻作品をまねる、即ち模刻、そっくりそのまま刻すと言うことが行われる可能性もあるというもの。
そうだとすると、全くそっくりなものが複数出でも不思議はない。それが同じものだったとは苦笑せざる終えないが、多分元の印もほとんど同じだったのかも知れない。
それで分からないから良い方の印章を使ったか、真実は良く分からないと言うのが本当だろう。
いずれにせよ大量に出品すれば、良い賞がもらえる。こういう書道展の体質を表した事件と言えるだろう。多分、大分高はもう高大展には出品することはないかも知れない。
いっそのこと、よりダイナミックで模刻など許されない毎日系の書の甲子園に代えれば問題はないとはいうものの、教師が読売系ならどうしようもないというものである。


毎日新聞の詳細が出ていた。

「日本書芸院によると、不正が見つかったのは、同展の4部門のうち篆刻(てんこく)の部。出品した247点のほとんどを、複数の篆刻を組み合わせて一つの作品のように偽装していたという。同高によると、実際に彫ったのは40点だけだったという。」

普通はこんなことはしないだろうねぇ~~
ホントびっくり。



「日韓併合100年謝罪談話」は実は民主党の北朝鮮擁護

「政府は9日、日韓併合から100年にあたっての菅首相の談話を、10日に閣議決定することを決めた。」(読売新聞Web)

「日韓併合から100年」というのは、実に妙な話で100年の内の65年は日韓併合とは関係がないことは以前述べた。
元々日本国内では「日韓併合から100年」と言うことなどは問題にもされず、参議院選挙でも話題さえならなかったはずである。要するに、「日韓併合」などは65年前に終わった事実で今の国民のほとんどは関係がない。
それどころか「日韓がタブーにする半島の歴史」と言う本が出たりして、種々の事実が現民主党の認識とは大きくずれていることが明らかになっている。
竹島が韓国に占領されていても岡田外務大臣は、そんなことすら言えないというふざけた態度である。
それで、「日韓併合100年謝罪談話」を「村山談話」と同じように国会という意見を排除して、議論も一切なしに閣議決定という手段で日本政府として出す。
前の「村山談話」というのは、国会決議で行おうとしたのが失敗に終わったために強硬手段で行ったもので結果として日本を貶める以外何の意味もなかったものであった。
そして、今度の談話の政治的な意味は何なのか、国益を考える上での政治家なら当然考えるはずである。
しかし、あの「慰安婦問題」の河野談話などは、韓国に媚びへつらうことによる政治とは関係のない単に「事なかれ主義」だった事は、あとで時の石原官房副長官の話で明らかになっている。
それで「日韓併合100年謝罪談話」と言うものを出せば、韓国は竹島を返還するのかと言えば「否」返還などするはずがない。
それでは何の意味があるのか‥‥考えても思いつかない。
そして、この「日韓併合100年謝罪談話」というのは、「左翼学者たちが画策する『菅談話』を許すな」(正論9月号・黒田勝弘)に詳しくその背景が書かれているとおり日本の国益とは関係のない「反日思想」ということである。
ところが、ここに来て一つの問題があるとあの佐藤優氏は言う。
それは何故かというと、7月末に発表することになっていたあの防衛白書の件である。
あの防衛白書には、竹島は韓国に占領、占拠されていると毎年同じように書かれているし、書かなければならにない事になっている。
そうであるならば、8月10日に「日韓併合100年謝罪談話」を発表して謝罪したものの、その後に防衛白書が出る。その白書には「竹島の韓国の不法占拠」が書かれている。
韓国では、「日韓併合100年謝罪談話」などを出しても「嘘だった」とまた騒いで全く意味をなさないという。
そしてまた韓国が騒げば、日本国民の韓国感情が悪くなると言うものである。
これを誰が喜ぶのと言えば北朝鮮だろう。
要するに、今の民主党政権というのは、北朝鮮の策謀にのせられている政権であると言うより、北朝鮮擁護の政権と見て取っても過言はない。
元々、旧社会党の元議員が多いし、旧社会党は北朝鮮による日本人拉致問題はないとか、大韓航空機爆破事件は韓国の仕業と言っていた政党である。
その上、今度国民の税金を朝鮮学校を通して朝鮮総連にくれてやる算段をしている民主党である。
こんな事は充分ありうると言うことである。
そして、こんな事すら追求出来ない自民党というのも、国民が見放すと言うのが良く分かると言うものである。

日韓がタブーにする半島の歴史

日韓がタブーにする半島の歴史

価格:756円(税込、送料別)



<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=syuunassociat-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4106103605" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>


映画「しあわせの隠れ場所」(DVD)を見て

映画「しあわせの隠れ場所」は、マイケル・ルイス著のノンフィクション「ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟」を映画化したと言うことである。

ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟




米国人が好きな一つのサクセスストリーで、映画自体は「第82回アカデミー賞主演女優賞」、「ゴールデングローブ賞:主演女優賞 (ドラマ部門)、放送映画批評家協会賞:主演女優賞、全米映画俳優組合賞:主演女優賞」というサンドラ・ブロックの女優賞総なめの作品となっている。
ストリー自体は、「全米アメリカンフットボール・リーグNFLのマイケル・オアー選手の激動の半生。もっとも貧しい家庭出身のホームレス同然の生活から、アメリカン・フットボールの有力プロ選手になった少年の実話を映画化した感動的な人間ドラマ。」というWebでの説明で書けば終わりである。
そこに、裕福な白人の里親の出現や米国の名門私立高校、アメフトの環境などがあってなにかほろりとする映画でもある。
映画自体は、高校卒業の頃の話から一挙に2年前の私立高校に転入させる場面に戻る。
こういうカトリック系白人の名門私立高校に、ホームレス同然の黒人生徒が転入学すると言うのも日本ではあり得ない妙なところがある。
米国では30年位(?)前に、有色人種の人達に積極的に奨学金を与えて大学に行かせるという制度があった。それによって、今ではオバマ大統領の様に多くの学者、政治家、軍人、弁護士などに有色人種が進出し、今では黒人が無教養で貧乏という話でことではなくなった。よく言われるのは、気をつけるべきは貧乏な黒人や白人というのだそうな。
実際のことは原作を読んでみないと何とも言えないものの、そう言う名門校に入ってしまったために、上流階級と言われる富裕な人達に出会う。
ここで思うのは、どんなにスポーツで有望選手になりそうでも勉強が出来ないとクラブにも入れないと言うことである。
高校に入ったときの学力はGPA(Grade Point Average、グレード・ポイント・アベレージ・学生の成績評価値)0.6。(F)‥‥前の公立高校評価は(大甘のD)
要するに落第点で、これだとアメフトにも参加出来ないと言うことなのだそうな。
それで、徐々に勉強をさせて1.75(B~C)程度まで上がってくる。
つい最近まで日本では「お馬鹿タレント」がそのお馬鹿ぶりを売りにしていたが、その中にはスポーツで有名選手だった人物もいて日本との大きな違いがある。
ここで、少し注目すべきことは主人公のマイケル・オアー選手が大学を優等(A)で卒業していることである。
高校での有名選手や大学での有名選手であっても、一般的には学業不良ではまともに卒業出来ないどころか、試合にも出られないことがあると言うのが米国でも常識であることを思い起こされる。
要するに、米国では厳しくてスポーツ選手というのは一種の使い捨てというところがあるそうだ。
昔の映画で「ワン・オン・ワン(1977)」というバスケットボールを題材にした映画があった。これはウェスタン大学というバスケットボールの名門校にスポーツカー(日産フェアレディZ)と奨学金をもらって通うことになった話し。
大学に入ると、優秀な大学院生の女性の家庭教師やら、何もしなくてもアルバイト代が貰えるお小遣いなどの数々の特典が与えられていた。
それが、大学のバスケットボールというレベルについて行けなくて、レギュラーメンバーにもなれず成績は低迷。
すると、大学側はこの主人公の追い出しにかかる。
家庭教師を辞めさせて学業不振(D)なら先ず試合に出られず、次に退校が待っていると言う次第。
映画ではバカではないと言うことを示すことになり、何とか大学とバスケットボールに残ることが出来る。
そこでも示されたのは、ここでもスポーツ推薦選手でも学業不振だと奨学金停止や退校もありうると言うことである。
この映画「しあわせの隠れ場所」では、大学の「スポーツ推薦」NCAA1部校の奨学金を得るためにはA、GPA2.5以上の学力をつけるために家庭教師を雇って達成する。
それが僅か2年間だと言うから驚くべきことがある。
この主人公マイケル・オアーは一旦覚えたら忘れない記憶力というのだから、凡才の小生などからは想像も付かない。
日本でもこういう映画のように、スポーツ選手でも成績を重視するというと言うことになったら現在のスポーツ界は存在するのかと思う。
本来、一流選手がバカであるはずがなく、只勉強をしなかったかさせなかったということに過ぎないかもしれない。
しかし、そう言うスポーツ選手の世界というのもお馬鹿タレントを見る限りそろそろ終わりにしてはと思ったりするものである。

昔聞いた話、あの元江川投手・現野球解説者は栃木の作新学院出身だが、当時群馬の強豪校(県立)前橋工業で採ろうかという話があったという。
しかし、公立高校であったために推薦入試の検討から、成績が悪すぎて推薦出来なかったそうであった。
その前橋工業は後ろ盾だった佐田建設が左前になり、その後前橋工業出身の社長が自己破産するに至って今では往年の見る影もない。

そんなことはどうでも良いが、「しあわせの隠れ場所」という映画を見て原作も読みたくなった気がする。
映画では高校卒業まで、あとは本人の実写の写真で済ましているのは、大学以降のマイケル・オアーの活躍は有名なのだろうという憶測が出来る。
現実として、もう少しマイケル・オアーのアメフト選手としての活躍という説明があっても良かったかなと思う。
原作は、大学1年まであり、また種々の人間哲学が書かれていると言うので違った話になっているのかも知れない。


ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟


<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=syuunassociat-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4270005386" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>



ロジクールでは、また特別キャンペーンをするそうです。

数量限定で最大33%OFFの特別販売!今なら商品券やiTunesカードもプレゼント!

数量限定で最大33%OFFの特別販売!今なら商品券やiTunesカードもプレゼント!

デジカメオンライン




デル株式会社

デジカメオンライン

↑このページのトップヘ